表紙の絵がこれ以上にぴったりな本を、私は知らない。
あらすじ
チェロにトラウマを持つ橘は、上司の命令で音楽教室のチェロコースに生徒として通うことになる。
目的は、音楽教室の著作権侵害の証拠を掴むため。
音楽教室との裁判で有利な証言をするために、スパイとして送り込まれる。
過去のトラウマから、チェロを見るだけでも眠りに支障が出る橘だったが、講師である浅葉と、浅葉に師事する生徒たちの交流から、徐々に穏やかに眠れるようになる。
しかし、裁判の日は着々と近づいており、橘は会社と仲間との間で板挟みになる。
手に取るきっかけ
最初にこの本に興味を持ったのは、書店でした。
「ラブカは静かに弓を持つ」という詩的なタイトルと、明るい店内に似合わない暗い暗い表紙。
ラブカとは誰かという謎、「静かに」に感じる決意、暗い深海でチェロを引く孤独な男。
どんなストーリーの本かも知らないのに、「多分この本は面白いぞ」と確信していました。

実際、「2023年本屋大賞第2位」なので人気のある本です。
発売日に面白さを確信していたのに、読んだのは2025年。
腰が重すぎる……。
ネタバレ感想
人間関係を維持するのが得意ではない、いわゆる「コミュ障」な私にとって、橘という主人公は自分そのもののようでいて、自分には出来ない一歩を踏み出すことのできた、憧れのキャラクターです。
「一度壊れた人間関係は修復できるか」という問いに、過去ずっと「修復できない」という答えを出し続けていた橘が、「修復したい」と行動を起こす終わり方が好きです。
人間関係の修復に必要なのは、ドラマチックな派手なアクションではなく、小さくて地味な、それでも本人にとっては大きな一歩なのだと教えてくれます。
私が特に共感したのは、スパイだとバレた時に橘が取った行動。
仲間たちの連絡先をブロックし、一度は全ての時間を注ぎ込んだチェロからも離れる橘の姿。
この行動、すごくよく気持ちが分かる。
自分の嘘に対して、真実を知った相手のリアクションを見るのは怖い。
かと言って誠心誠意謝る度胸もないから、傷つく前に縁を切る。
間違ったことをした時、私もやったことのある行動パターンです。
間違いに間違いを重ねていると分かっていても、怒られるのが怖くて、パニックになってやってしまうんですよね……。
人間関係リセット症候群を持つ主人公
親しかった人と突然縁を切る行動に「人間関係リセット症候群」なんて呼ばれたりします。
卒業や引っ越し、転職などの環境の変化があるときや、関係にトラブルがあったとき、連絡先をブロックしたり、会うことを拒んだり。
それまで積み重ねた人間関係をなかったことにしてしまうことを言います。
「ラブカは静かに弓を持つ」の橘がやっていることは「人間関係リセット症候群」にすごーく似てます。
橘は節目節目で人間関係をリセットしているので、友人がいません。
孤独が苦でない人間にとっては、リセットした状態は快適です。
誰に気兼ねすることなく、自分の好き勝手に生活できるのですから。
過剰に空気を読もうとする人や、引っ込み思案な人、「言っても無駄」と諦め癖のある人は孤独がむしろ癒しになります。
人間関係リセット症候群をやる人は増えているそうです。
私も高校までの人間関係はほぼリセットしています。
特に何かがあったわけではなく、ただしんどくなったから。
自分の理想とする振る舞いができなかった恥ずかしさを思い出したくないから、人間関係をどんどんリセットしてしまいました。
橘も、自分が起こしてしまった問題を直視したくないから、人間関係をリセットしようとしたように見えます。
当たり前のことですが、人間関係はすぐにできるものではありません。
社会人になって、友人ができる機会が学生時代よりもぐっと減った今は「もったいないことをしたな……」と思うこともあります。
人間関係を維持するには、精神力が必要
でも人間関係を維持するのってものすごい精神力を使うんですよね。
久しぶりだとメッセージを送るのに勇気がいるし、定期的に遊びに誘うのも疲れます。
とある調査によると、遊びは誘う人より誘われたい人が多いそう。
なので、必然的に会いたい人には、自分からコンタクトを取る必要があります。
そんな時、いつも思い出す短歌があります。
帆を揚げる 会いたい人に会いに行くそれはほとんど生きる決意だ
太陽帆船 中山森
生きるということは、大切な人に会う時間を過ごすこと。
同じ時間を生きていられる保証はないのだから、会える時に会おう。
大切な人に会っている時間って、特別ですよね。
ゲームや仕事では得られない、ほわほわしたあったかい気持ち。
また明日から頑張ろうというエネルギーをもらえる時間。
孤独な時間が好きなのに、本当に全ての縁を切ってしまえないのは、人と会うことでしか得られないエネルギーがあるから。
人生は短い。その短い時間をどう過ごすか。
普段は考えない「時間の使い方」を考えさせてくれる短歌です。
あとは、最近は「フリーレンする」なんて変な造語があったりします。
これは、大人気漫画「葬送のフリーレン」からファンが作った言葉。
主人公のフリーレンが、各地の仲間に会いに行く話。
フリーレンはエルフという種族で、人間よりもずっと長生きです。
生きる時間が違うからこそ、会える時に会わないと、永遠に会えなくなる。
太陽帆船の短歌にも、フリーレンも「会いたいと思った時に会いに行け」というメッセージが込められているような気がします。
だから、会いたい人へメッセージを送る時、私はこの2つを思い出して、勇気を振り絞って送信ボタンを押します。
たとえ断られても、返信が来たなら生きてはいるのです。
それならいつかは会えるかもしれない。
人生のタイミングが一致している時でないと、会うことは難しい。
子育てや仕事を頑張っている人は特に会えるタイミングがずれます。
でもそれはタイミングがずれているからであって、嫌われているわけではないのです。

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